広島地方裁判所 昭和49年(わ)179号 判決 1984年3月28日
主文
被告人を懲役四月に処する。
未決勾留日数中、右刑期に満つるまでの分をその刑に算入する。
この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用中、国選弁護人打田等に支給した分はその全部を、同西本克命に支給した分はその二分の一を、証人正田浦夫を除く各証人に支給した分はその五分の一を被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、いわゆる中核派に所属しているものであるが、昭和四九年四月八日午前八時三〇分ごろ広島市住吉町二番一三号下井田家具店前付近路上において、同派に所属しあるいはその主義・主張に共鳴している者約三〇名と共に、かねて同派と対立抗争関係にあつたいわゆる革マル派に所属する者から襲撃を受けた際には、これを迎撃しその生命、身体に対し共同して危害を加える目的をもつて、それぞれ兇器である旗付竹竿(長さ約一・六メートル前後、太さ直径約四センチメートル前後)を一本ずつ携行準備して集合したものである。
(証拠の標目)(略)
(確定裁判)(略)
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法二〇八条の二第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので所定刑中懲役刑を選択するが、右は前記確定裁判のあつた罪と刑法四五条後段の併合罪なので、同法五〇条によりまだ裁判を経ない本件罪につき更に処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役四月に処し、同法二一条を適用して、未決勾留日数中、右刑期に満つるまでの分をその刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により国選弁護人打田等に支給した分はその全部を、同西本克命に支給した分はその二分の一を、証人正田浦夫を除く各証人に支給した分はその五分の一を被告人に負担させることとする。
(弁護人及び被告人の主張に対する判断)
第一 主張の要旨
弁護人らは、被告人は無罪であるとして、次のように主張する。
一 検察官は、被告人の本件所為は兇器準備集合罪に該当すると主張するが、
1 共同加害目的は存在しない、即ち本件は、被告人を含む中核派に所属しあるいはその主義・主張に共鳴している者三〇名余りが本件当日広島市公会堂において開催予定の広島大学の入学式に際し、新入生らに対して自派の主義・主張を訴え、宣伝することを唯一の目的として、隊列を組んで同所に向かう途中、突如革マル派の集団から襲撃を受け鉄パイプで殴りかかられたので、各自が自己の身を守るため所持していた竹竿で防戦に努めたという事案であつて、被告人らは、このような革マル派の急襲を全く予想しておらず、したがつて、革マル派の集団から襲撃を受けた際にはこれを迎撃する意図で本件竹竿を携行準備したものでないことは勿論、襲撃後においても被告人を含む中核派側の者は各自、革マル派の攻撃を防ぐのが精一杯の状態であつて、共同してこれに反撃を加える意思を持つに至る余裕など到底なかつたのであつて、被告人らには共同加害の目的はなく、
2 また、本件で兇器とされている旗付竹竿は、前記のように、広島大学の入学式に際し、新入生らに中核派の主義・主張を訴え、宣伝するための旗を付けた旗竿であつて、性質上の兇器に該当しないことは勿論、その形状からしてもいまだ人を殺傷するに十分なものではないので用法上の兇器にも該当しない。
したがつて、以上いずれにしても、被告人の本件所為は兇器準備集合罪に該当しない。
二 かりに、被告人の本件所為が兇器準備集合罪に該当するとしても、被告人ら中核派の者が本件竹竿を準備して集合したのは、前述のような革マル派の者の急迫不正の侵害に対し、自己又は自派の者の生命、身体を防衛するためやむを得ないでなされた行為であるから、被告人の本件所為は、正当防衛として違法性が阻却される。
三 また、かりに革マル派の襲撃という急迫不正の侵害考慮しないとしても、被告人らが自派の主義・主張の宣伝活動の手段、方法として本件程度の旗竿を携行して集合することは従来から社会的に許容されてきた範囲内のもので、可罰的違法性がなく、本件もこれと同様であつて、被告人の本件所為は可罰的違法性がない。
第二 当裁判所の判断
一 共同加害目的がなかつたとの主張について
前掲各証拠及び公判調書中の証人平野誠司(第一七回)、同藤田澄(第一八回)、同村岡昇平(第一九回)、同別曾美香子(第二一回)の各供述部分によれば、
1 本件犯行当時中核派と革マル派は対立抗争中で互いに他派をせん滅することを標榜し、互いに他派に属する者に対し殺傷行為を繰り返すなどしていたことは公知の事実であるところ、当時広島大学の男子学生寮で同大学の中核派の拠点であつた青雲寮では革マル派に対する警戒を強め、本件前日に豊岡一が同寮へ向う際にも、革マル派の襲撃に気をつけるよう電活連絡を受けたこと、同夜同寮では革マル派の襲撃に備え数名の者が交替で不寝番をし、同人も責任者らしい男から「最近革マル派の動きが激しく、九州方面から広島に来ている情報が入つているので特に注意して見張つてくれ。」と言われて、同夜から翌八日の朝にかけて和田敏子らと共に約三時間不寝番をしたこと。
2 当日午前八時二〇分ごろ、被告人は、そのころまでに青雲寮に集合した中核派の者約三〇名と共に同寮を出発したのであるが、出発にあたつて、被告人を含む参加者全員がヘルメツトをかぶり、手甲、すね当等の防具を上衣の袖、ズボンの内側に装着し、「革マルせん滅」、「中核」等と書かれた旗付の長さ約一・六メートル前後、太さ直径約三センチメートルないし五センチメートルの竹竿を各自一本ずつ所持していたこと、被告人ら約三〇余名の右集団は、五、六名ずつの班に別れ、その時前記豊岡は、班のリーダーから「今日は宣伝隊であるから目的地に着くのが一応の任務であるが、革マルが襲つてくれば団結して戦う。その時には持つている旗竿で戦おう。」と指示されたこと。
3 被告人ら約三〇余名の集団は、リーダーの「さあ行こう。」という掛け声と共に、当日午前八時二〇分ごろ青雲寮を出発し、広島市公会堂へ向け元安川沿いをほぼ整然と三列縦隊で行進して来たこと、そして被告人らの集団が住吉交差点角にある判示下井田家具店前歩道上にさしかかり信号待ちをしていたところ、突如として革マル派の集団約二〇名が隊列の後方(東方)から各自ヘルメツトをかぶり、鉄パイプ(長さ約一・五メートル)を高く振りかざし、歩道一杯になつて被告人らの集団を襲つてきたこと、これに対し、被告人ら中核派の者は、同集団の指導者である伊興田耕治の「革マルをやれ。」との号令に従つて、歩道上一杯に広がり一団となつて所持していた前記旗竿を頭上に振りかざす等してこれに立ち向かい、乱闘状態になつたこと、乱闘が始まつてほどなく、被告人ら中核派の者は、前記伊興田の「追え。」という号令で逃げる革マル派の者を追撃し、旗竿で同人らを殴打する等の暴行を加えたこと。
以上の各事実を認めることができ、これによれば、本件当時被告人ら中核派の者は、当日の活動に当つて革マル派の集団が襲撃してくることは十分予測していたところと容易に推認できるところであり、またかような予測に基いて、各自手甲、すね当等の防具を装着した上、全員一本ずつ旗竿を携行し、いつでも反撃に移れる態勢をとりながら行進していたと認めるのが相当である。そして現実に革マル派から襲撃を受けるや、被告人ら中核派の集団は、これに防戦すると共に、逃げる革マル派の者に追撃を加えたことは先に認定したとおりであり、これらの事実に鑑みれば、被告人ら中核派の集団は、本件革マル派の襲撃を予想し、その際はこれに反撃し、その生命、身体に対し共同して危害を加える目的を、その襲撃を受ける前既に有していたことは明かであるというべきである。
二 本件竹竿の兇器性について
兇器準備集合罪にいう「兇器」には銃砲刀剣のようにその本来の性質上兇器とされるもののほか、いわゆる用法上の兇器も含まれると解すべきであつて、ここにいう用法上の兇器とは人に危害を及ぼすに足る器具で、かつその構造又は性質からみて社会通念上人に危険感を抱かしめるに足るものと解するのを相当とするところ、本件竹竿は長さが約一・六メートル前後、太さ、直径約三センチメートルないし五センチメートルもあつて、単なる旗竿にしては、長さに比して太すぎる嫌があり、客観的にみても用法のいかんによつては人を傷害するに足るもので、被告人ら約三〇余名の集団が革マル派の襲撃の際の防禦、攻撃用の目的で各自一本宛所持していたことも併せ考えると、社会通念上人に危険感を抱かしめるにも足るものであつて、用法上の兇器に該当するものというべきである。
三 正当防衛の主張について
被告人らの本件兇器準備集合の所為は、判示のとおり、革マル派の襲撃前既に既遂に達しているのであつて、急迫不正の侵害前に正当防衛の成立の余地のないこと勿論であるが、弁護人らの主張を、急迫不正の侵害に備えて予め防衛準備を構じることが一般的に許されるという趣旨に解するとしても、しかしその場合準備行為自体が犯罪を構成する時は、特別の理由の存しない限り、それ相応の処罰は免れ得ないわけである。
四 可罰的違法性がないとの主張について
弁護人の主張する如く、被告人らが、自派の主義・主張の宣伝活動の手段、方法としてのみ本件旗竿を携行準備して集合したものであるならば、可罰的違法性の有無を論ずるまでもなく、被告人の本件所為は、兇器準備集合罪に該当しないといわなければならないが、本件で被告人らが旗竿を携行準備して集合した目的には判示のとおり共同加害の目的を認め得るところであり、その集合した人数、態様、旗竿の数等を考えれば優に可罰的違法性を肯認し得る。
以上弁護人らの主張は全て理由がない。
よつて、主文のとおり判決する。